全国高専K-DASHサマーシンポジウム2023~「ものづくり×AI×課題解決」で取り組むスタートアップ人材育成~【前編】

全国高専K-DASHサマーシンポジウム2023~「ものづくり×AI×課題解決」で取り組むスタートアップ人材育成~【前編】

K-DASH(高専発!「Society 5.0型未来技術人財」育成事業 COMPASS5.0 AI・数理データサイエンス分野)は2023年8月21日、22日に、高専の教職員を対象にAI人材育成のためのイベント「全国高専K-DASHサマーシンポジウム2023」を開催しました。産学連携や企業のAI利活用の最新動向や起業家マインドを修得して、高専型スタートアップエコシステムを構築しようという試みです。

8月21日には基調講演「技術者こそ、経営者になろう!」、パネルディスカッション「AI、データサイエンスのビジネス活用と人材育成~技術者が経営する時代と高専への期待」と、ワークショップ「生成AIを使った未来の課題解決型新規ビジネスを考える」が行われました。基調講演とパネルディスカッションについて報告します。

基調講演「技術者こそ、経営者になろう!」
ウルシステムズ 代表取締役会長 漆原茂 氏

人に使われているだけの技術者は「イケてない」

経営って何だろう?技術者とは無関係ではないか、と考えている方。そんなことはありません。私自身、バリバリのエンジニアです。今は上場企業を含め3社の代表取締役を務めていますが、以前も今もプログラムコードを書いてます。エンジニアのための会社を「自分で事業を創ったほうが早いな」と思って立ち上げたのが2000年。いい仲間やお客様に恵まれ2006年には上場できました。現在は約500人超の仲間たちと楽しく仕事しています。

当社には高専出身の方々も多いです。なぜうちの会社に入社したのかと尋ねると、大企業や地元の有名企業で働いていたが「ただのサラリーマンとして人に使われているだけなのは嫌だ」と感じて転職してきたという話が多いです。「人に使われるだけの技術者はイケてない」。エンジニアには他にも選択肢がたくさんある。ビジネスだって創れる。それが今日のテーマです。

没頭し続けることが超一流への道

産業革命はジェームズ・ワットによる蒸気機関の発明が有名です。鉱山の動力として蒸気機関が活用されました。開発が進み、発明から50年後にスティーブンソンが蒸気機関を機関車として実装し、蒸気機関車が産まれました。そこから更に10年を経て、イギリスのストックトンとダーリントンという都市の間に鉄道が敷かれ、石炭の大量輸送が可能になりました。技術に技術を重ねて、産業革命が大きく世の中に広まっていきました。

技術を発明する人もいれば、実装する人もいて、機関車のレールを敷いて運用する人もいる。発明も他の人の発明の上に成り立っている。社会実装に至るまで、すべての段階でエンジニアがリーダーシップを発揮してるんです。高専の学生たちもイケてる素晴らしい未来を夢見ていると思いますが、その夢を忘れないでほしい。そういう技術人材こそビジネスをリードする側、雇う側に来てほしいと思います。

私自身、起業した当初は「技術はわかるが、経営は知らない」状態でした。大いに戸惑いました。たくさんの経営本を読み漁りましたが、どれもピンと来ませんでした。納得することもあるけれど、どうも漠然としていて私たちに合ってない。私が創りたかったのは「技術者中心のこだわった企業体」。一般の教科書に書いてあるわけありませんよね。だから調べ方を変えました。一流の技術チームの作り方を研究したんです。

技術者は誰もが一流を目指していると思います。高い価値が出せるのは人より抜きん出ているから。人と同じではすぐ埋もれてしまう。素晴らしいプログラムを組む人、凄い数式を考えられる人、優れたアートやスポーツのようにスキルが高い人は、どうやって産まれるのか?面白い研究があります。フロリダ州立大学のアンダース・エリクソン教授が、卓越したスポーツ選手やピアニスト等を調べました。彼らの「天賦の才能」が何かを探したんですね。結果、天賦の才のようなものは一切見つかりませんでしたが、いくつか共通項も分かりました。

一流の人に共通している1つ目は、まずはその分野に10年以上没頭し続けている、ということです。俗に「1万時間の法則」とも言われます。特定の分野に長年注力していることがポイント。結果「圧倒的な練習量」の差が、能力の差として表れているのです。持って産まれた才能以上に大事です。

2つ目は「限界的練習」を継続しているということです。自身のスキルを向上させるために、常に「ちょっと上のこと」に挑戦し続けることがポイント。単に同じことの繰り返しでは何年経っても上達しません。ゲームをだんだんクリアする、あの感覚です。少しずつ上を目指すことで一流になっていきます。

3つ目は、常に「新しいアプローチを学びフィードバックを受けている」ことです。本を読んでインプットするだけでは足りません。時代とともにインプットも変わります。それを学び成果をアウトプットし、他者からの意見を受け入れる。技術はモノを作ってアウトプットしてこそ、です。

以上のような環境が一流を産み出します。高専にもコンピューターに熱中してる超オタクのような人、たくさんいるでしょう?彼らを尊重し、夢中にさせてあげて下さい。モノを作らせてあげて下さい。学校でも社会でも、夢中で作り続けられる人材と環境が大きく未来を作ります。

内発的動機が大事

「夢中」の意味について、エール大学のレゼスニエウスキー教授らの研究があります。アメリカの陸軍士官学校に入学した学生に対して、入学の動機とその後の活躍ぶりを調査しました。研究の結果わかったのは「内発的動機」が強い人ほど明らかに仕事で活躍しているという事実でした。仕事が「好き」な人が活躍するということです。

人間には「外発的動機」もあります。これは、報酬や地位、評価、懲罰など、外部からの働きかけによるものです。他人の評価が気になるのがこれです。上記の研究は、打算的に考えて仕事をしている人より、好きで仕事している人が活躍できる、ということを証明しています。また没頭している理由がシンプルだ、というのも大切です。

そう、「夢中」は最強なんです。好きだから没頭し、没頭するから上達し、継続することができます。それが一流技術者への近道です。他人の評価も気にしないから、幸せです。良い仲間と切磋琢磨できます。こんな環境こそ一流の技術者にはとても大切だと証明されている。そこでようやく私も気づきました。まさにこの環境を用意することこそが技術経営の仕事なんだ、と。技術者だからこそできる経営もあるんです。

報酬がやりがいを削ぐ場合もある

経営本でよく語られている「売り上げや事業計画、人事評価」などは、外発的動機に強く影響するものです。ただこれらは気をつけないと内発的動機を毀損します。

スタンフォード大学のマーク・レッパー教授らは、報酬とモチベーションの関係を調査するために生徒たちにパズルを解かせました。すると、報酬を貰っていたチームは、報酬がなくなったとたんにパズルを解くのをやめてしまいました。一方何も与えなかったチームは、以後もパズルを楽しく解いていました。そもそもみんなパズルが好きだったはず。そこに報酬というインセンティブを与えることで報酬が目的になってしまったんです。これを「アンダーマイニング効果」といいます。いつの間にか仕事の目的が「やりがい」から「報酬」に変わってしまった。一方、報酬には「エンハンシング効果」もあることをお伝えしておきます。機械的な作業をやらせるには「報酬」は極めて効果的です。また1度目の報酬はすごく効果があるけれども、2度目はむしろ逆効果という結果も出ています。報酬や評価制度だけを議論してはダメ。内発的動機と慎重にバランスを取っていかなければならない繊細なテーマなんです。

私が読んだ経営本にピンとこなかった理由は、どの書籍も外発的動機に関わる事項ばかりが語られていて、「楽しい」「夢中」のような内発的動機に一切触れてなかったからです。会社は大きくなり売り上げは上がるでしょうが、現場の技術者はつまらない。そんな経営はおかしいしピンと来ません。

そもそも分業して細分化できるような仕事はどんどんソフトウェアで置き換えられるはず。それよりもっとワクワクする夢のような未来を創る仕事を少人数で取り組むほうが、ずっとすごいことができそうでしょ?古い経営本よりも、最新の脳科学や心理学のほうがウェルビーイングな経営へのヒントが満載なんです。ワクワクする技術が集まれば、結果として会社の業績にも結び付くはずです。当社では売上目標を立てるのも、無茶な営業活動もやめました。それでもしっかり上場でき、かつ現在も継続的に成長できています。

技術者にとっての最高の報酬は、いい仲間といい仕事です。お金のためにつまらない仕事をしていても長続きしません。これからは技術者が経営サイドにいることが大事です。技術を活用する会社には技術者が経営陣にいるべきです。技術者が経営やビジネスを学べるのか?もちろん答えはイエスです。技術も経営も全く一緒。内発的動機で楽しめば、知識も経験も身に付きます。むしろこれまで技術と経営が分離していたことが変。これからは技術者がビジネスを語る時代です。

ワクワクする未来を語ろう

さて、技術者の成長の話に戻ります。日進月歩の技術の世界では、技術はすぐに陳腐化します。どんどん新しい技術を身につけないといけません。ただ一方、歳を重ねていくと、以前は簡単に覚えられていたことが今では難しいと感じる経験、ありませんか。

「エビングハウスの忘却曲線」というのがあります。単語を覚えても、日数が経つにつれて忘れてしまうカーブです。実はこの傾向は、20代も60代も大差ありません。それでも年齢を重ねると覚えづらくなった気がするかもしれませんが、実は記憶力の問題ではなく、復讐する根気が衰えているからです。根気は脳の前頭葉に左右されます。前頭葉が劣化するひどい環境が2つあるので紹介しましょう。1つは負のオーラに晒されることです。愚痴を言ったり言われたり。不平不満や文句を言い合ったり。もう1つは単純作業を何も考えずにひたすら繰り返すことです。いずれも脳にはマイナスの影響があります。逆に前頭葉が活性化する環境も紹介しましょう。それは、毎日ちょっとずつで良いのでプラスの驚きがあり、未来を楽しみにしている環境、良い仲間とつながっている、幸福感にあふれているような環境です。

ワクワクする未来を楽しみにする環境をどう作るか。将来を諦めたり不安に思ったりしている学生がたくさんいると思います。そんな学生さんを救ってあげて下さい。後ろ向きのことを言ったり、無用に不安を煽ったりする嫌な大人たちはいらない。

高専の皆さんが参加できる場として、例えばIT技術やスタートアップ関連のコミュニティがあります。どこもプラスオーラに包まれています。高専にいる個性的でユニークな方々は是非学校だけでなく外部と交流して下さい。新しい技術情報が次々に得られますし、ビジネスのネタなんて山ほどあります。海外のコミュニティとも繋がれます。技術者だからこそ、学校や企業や国も超えて繋がれるんです。楽しいですよー!

お伝えしたかったのは、技術者が経営やビジネスをリードする時代が来たということです。別に社長にならなくてもいい。でも技術者が経営サイドにいて、イノベーションを生み出す環境を作る必要があります。技術者だからこそ「夢中」になろう。後ろ向きのことを言うわけのわからない連中は追い払って、明るい未来を語ることのできる人たちと語り合いましょう。技術者たちが一緒に描く未来はきっと素晴らしい。「技術者が経営者になる」というのが日本の勝ち筋だと思います。

パネルディスカッション
「AI、データサイエンスのビジネス活用と人材育成~技術者が経営する時代と高専の期待」

  ウルシステムズ 代表取締役会長 漆原茂 氏
  マーケティングサイエンスラボ 所長 本間充 氏
  下関市立大学 准教授 佐々木淳 氏

学んだことよりも、やりたいことを仕事に


――最初に基調講演の感想を 一言ずついただけますか。

本間:経営や行政、自治体などに理系の人が少ないのが日本の一番の問題点です。「経営学を学んでいないと経営してはいけない」という思い込みからだと思います。電気を学んだ人が電気の会社に入るなんて昭和の時代です。

私も大学で教えていますが、キャリアデザインについては、学生には「学んだことよりも、やりたいことを仕事にしなさい」と指導しています。やりたいことを選択したら、その代わり最初の10年間はやりたいことをやり続けなさいと教えています。

佐々木:私は前職では、防衛省の海上自衛隊で教官をしており、パイロット候補生に数学の教育をしていました。現在は、下関市立大学で統計学を教えています。経済学部で数学を目の敵にしているような学生にも教えているわけです。

私自身起業したことがないのですが、今の会社にずっといるという感覚を打破しなければと思います。私は公務員でしたが、公務員を辞めたら戻れないという感覚がまだ世の中にはあります。安定を求めて公務員になった人も多いのでそうなってしまうのかもしれませんが。

本間:安定を求めるか、漆原さんの会社のようにワクワク感を求めるのか。そういう意味でも、高専生にはその人の個性をちゃんと伝えてあげてほしい。野心的なのか保守的なのか、几帳面なのかぶっきらぼうなのか、個性によってキャリアパスは変わってくると思うので、教員が学生にちゃんと伝えてほしい。佐々木先生はじっくりキャリアを積み上げていきたいタイプですか。

佐々木:最初はそうでしたが、私は公務員という枠をあえて外れたので、公務員の中では割と珍しい部類に入るかもしれません。

本間:今は、学生にはキャリアパスを選べる時代だと伝えないといけない。

佐々木:そうですね。でも調べられるのに調べない、わからないから行動しませんという人が多いと感じますし、結局行動するというマインドがないと変わりづらいのかなと思います。

本間:高専の先生にお願いしたいのは、親御さんから学生を守ってあげてほしいということです。安定を求める親の期待値と、本人のワクワク感にはギャップがあると思います。

学歴や専攻よりも、伸びるか伸びないか

――個性は大事だと思うのですが、受け入れる側(企業側)のマインドセットはできているとお考えですか。

漆原:当社では学歴や何を専攻してきたかは問わないですね。だって社会の求める内容と学校が提供する授業は最初から距離がありますから。社会に出てから育成すればいいだけなので、圧倒的に成長できる人材を採ります。「難しい仕事だけど本気で挑戦するなら伸びるよ。君はどんな未来を創りたい?」と訊きます。

本間:大企業では人員雇用計画があるので、計画どおりに採用することが多い。何をしてきたかよりも、何をしたいのかをちゃんと訊いているのか、採用の際には問うべきです。ただ、残念ながらまだ、採用時にしたいことを訊いている企業は少ないと思います。

漆原:大企業には既存ビジネスのための人材が必要だという現実はあると思います。それとは別に新事業をやらなければいけないが、なかなか見通しが立たないために、人材戦略も見通せないのではないかと思います。

本間:高専でも企業側とじっくり話をしてほしい。企業側の人は、学生のラベルをよくわかっていない。学問単位でしかわかっていなくて、最新の学業の領域・ßクラスターがわからない。

漆原:企業側も間口を広げつつあると思いますよ。例えば医療でもAIの人材を本当に欲しがっています。それこそ防衛関係でもデータサイエンティストが必要ですし、工場にもソフトウェア技術者が必要です。AIはもはや以前のコンピューターのように基礎技術になってきています。企業側がAI人材をどう当てはめていくかという問題になっていると思います。先生方はあまり企業側を意識せず、学生をまっすぐガイドしていだたくだけでよろしいのではと思います。

佐々木:防衛関係では本当にAI人材を採用していますね。昨年から大学生のキャリアの担当をしていますが、企業の幅が増えたというか、今は就職しやすい状況だと思います。企業は誰でもいいから欲しいという「売り手市場」の状況だと思います。

本間:ただし、企業がちゃんと考えていない。学校側は企業にどんな人材が欲しいのか具体的に聞いたほうがいい。それが企業の成長のためにもなると思います。

AIのユーザーになるのか、研究者になるのか


――企業側で姿勢が分かれるのがAIについてだと思いますが、AIについてご意見をお願いします。

漆原:圧倒的にニーズが高いのは間違いないと思います。そのかわりいたるところでトライ・アンド・エラーが起きるでしょう。もう戻れない一線は超えているので、使うか使わないかではなくて、どう活用していくのかという段階です。技術を使える人と使えない人の差は広がるでしょうね。

本間:AIの利用は、文系・理系を問わずやらなくてはいけない。ただしユーザーになるのか研究者になるのか、ちゃんと分類して教えてほしいと思います。

佐々木:AI教育のカリキュラムを無理やり組み込まれて、教育関係にもAIは嫌われているかもしれません。しかし、嫌われても、誰かが嫌われ役になってでも、AI教育を進めなければ、日本は動かないと思います。

本間:生成AIがまだまだ確かなものではないから二の足を踏んでいる先生もいるのでしょうけれども、学生にはやはり教えてあげて、それが正しいものかどうかの判断は学生に委ねるのが正しい方向ではないかと思います。

――生成AIについてどうお考えですか。

佐々木:ChatGPTを使っている学生は少ないですし、Stable Diffusionなどの画像生成AIを使っている学生は壊滅的に少ないと思います。知らないし、使わないし、打ち込みすらしないので、そこからの教育かなと思っています。

漆原:生成AIについては社会実装がこれから、というタイミングです。カスタマーサポートやプログラミングの世界では商用で使われつつあります。コンテンツ生成や商品のアイデア出しなどでも生成AIが活用され始めました。いよいよ本格的な社会実装のタイミングです。やがて自動運転やロボティックスでもAI活用が浸透し、生成AIも活用されるようになると思います。

本間:人材が足りないからかもしれませんが、大企業と中小企業など使っている企業と使っていない企業の差が大きいのが日本の特徴かなと思います。

漆原:日本企業には「勘ピューター」というか、需要予測一つとっても人間でできると思っているし、できてきた部分はあると思うのですね。ただこれからは、AIを活用しない限りとても勝てないと思います。AI活用できる人材がおおいに活躍できる時代が来ましたね。

関連する記事

高専機構「理工系人材の早期発掘とダイバーシティ型STEAM教育強化」報告会開催

高専機構「理工系人材の早期発掘とダイバーシティ型STEAM教育強化」報告会開催

イノベーションの未来を拓く徳山高専の教育を考える~徳山高専型STEAM教育とは何か

イノベーションの未来を拓く徳山高専の教育を考える~徳山高専型STEAM教育とは何か

「輝くミライを養成する場所~何もない。だけどそれが良い~」阿南高専にとってのSTEAM教育のAを定義する

「輝くミライを養成する場所~何もない。だけどそれが良い~」阿南高専にとってのSTEAM教育のAを定義する

専攻科から大学院進学でAIスペシャリストを目指す

専攻科から大学院進学でAIスペシャリストを目指す

No Comment

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA