国立高等専門学校機構のAI・数理データサイエンス分野の人材育成を担う「K-DASH」では、『AI × DS で加速する高専生』『AIとデータでスペシャリストへ加速する高専生』を全国の高等専門学校で育成すべき人材像として、リテラシーから、専門レベル、さらに研究者や起業家として活躍するトップレベルの人材までを輩出しています。
富山高等専門学校専攻科エコデザイン工学専攻2年生の木村亮一さんは、AIに関する出前授業を石田文彦准教授と展開するなど、研究だけでなく外部への情報発信も行っています。また、東京大学松尾研究室によるスタートアップ起業講座では優秀賞を受賞しています。
木村さんに、高専に進んだきっかけと現在の研究内容、将来像などを、また担当の石田准教授には富山高専のAIの取り組みについても併せて伺いました。
プログラミングやロボットを深く学ぶために高専に進学
――高専を目指したきっかけを教えてください
木村:小学校3、4年生の頃に近所のロボット教室に参加したのが、ロボットやプログラミング、AIに興味を持った第一歩でした。WRO(World Robot Olympiad)という世界的なロボットコンテストに毎年参加している教室で、6年生の時には世界大会に出場しました。その経験から、将来はプログラミングやロボットに関することを深く学びたいと思ったのが高専に入ったきっかけです。
――中学からの進学では高専一択でしたか
木村:ロボット教室に通っていた人が何人も高専に入っていて、その分野を深めたいなら高専が適しているってわかっていました。それに父が奈良高専出身で、高専に関する知識もあったので、結果的に高専一択になりました。
石田:親が高専だと高専を勧めることが多いですね。就職が有利なのもわかっていますし。自分の子供を入学させている先生もいます。
木村:僕の弟も高専に通っています。
――富山高専の本科入学は、学科別に分かれているのですか
木村:そうです。電気制御システム工学科と電子情報工学科で悩みましたけど、ロボット教室の先輩がだいたい電気制御システム工学科に入っていて、プログラミングだけじゃなくてロボットについても学べる、ハードとソフトのどちらも学べるという話を聞いていたので、電気制御システム工学科にしました。
将来は研究者の道に進みたい
――本科卒業後の進路についても迷ったりはしませんでしたか
木村:もともと大学院に行きたいという気持ちがあって、5年生から大学に編入して大学院に進むか、専攻科に入ってから大学院に行くかで悩んでいましたが、編入するよりも専攻科からのほうが大学院に入りやすいのと、今の研究を中断せずにそのまま引き継いでやれるという点から、専攻科に進みました。4月から筑波大学大学院の知能機能システムという、VRやAI系の専攻に進みます。
石田:高専5年生で卒業研究をしていたのが、大学に編入すると3年生でまた座学に戻って、4年生で卒業研究といっても、就職活動や大学院入学の試験勉強などで半年ぐらいしか研究ができない。それに対して、高専本科の卒業研究に専攻科2年の特別研究、つまり3年間の研究経験で大学院に入るのでは、大学院に入ったときの成長や経験値がまるで違います。だから、大学院進学希望の学生には専攻科を勧めます。研究できるアドバンテージが非常に大きいです。
――高専生は実際に手を動かしているのも強みですよね
石田:専攻科から進学した学生と、一般的な大学入試からのコースを取った学生とでは、基本的なスキルが大きく違うと思います。
――将来はどういう道に進みたいですか
木村:まだざっくりとしか決まってないけど、研究職として、会社の研究所に行きたいなと考えています。
――AIはこれから基礎になってくるから、ロボットやIoTとか、製造機械との相性がいい気がします
石田:プログラムだけじゃなくて、ハードやロボットの経験あるのは強みになると思いますね。
東京大学松尾研究室のAI講座で優秀賞を受賞
――東大松尾研究室のスタートアップ起業講座は、コンテストではないのですか
石田:高専スタートアップ教育環境整備事業の一環として行われました。高専と松尾研が連携して、高専生向けのAI講座を5日間開催し、そこで学んだ成果を元にディープラーニングの画像認識のコンペが行われ、木村さんが優秀賞を受賞しました。
またAI講座以外に、起業講座、ビジネスシンキング講座が8月から9月にかけて行われました。電子情報工学科3年生の小倉魁透さんがビジネスシンキング講座で優秀生となっています。
――AI講座のコンペは、具体的にはどういうものですか
木村:画像分類コンペで、提示されたデータに対する正解率が高いAIの作成を目指します。画像分類の認識率・正解率を競うもので、精度を向上させるためにデータの前処理を様々に試したり、学習モデルを別のものに変更したり、ChatGPTを使用してエラーを検出してプログラムを変更したりしました。
――松尾研のAI講座に出ようと思ったきっかけは?
木村:石田先生に紹介されました。もともと昨年のDCONに参加していたんですが、AIに関する知識は完全に独学でした。基礎をしっかりと固めたいと考えて、AI講座に参加しました。自己学習して学んだことがどのような意味を持つのか、再確認できました。
石田:木村さんは4年生の時期から、うちの研究室に入ってさまざまな活動をしてもらっています。指導教員の視点から見て、昨年のDCONでの経験が非常に役立っていると感じます。締め切りまでにシステムを開発し、プレゼンテーションするというものづくりだけでなく、動画や資料を作成し、アピールする経験があったからこそ、優秀賞を獲得できたのではないでしょうか。
AI人材育成に全学科で力を入れる富山高専
――木村さんのような学生を輩出していく中で、富山高専として気をつけていることは何かありますか。
石田:富山高専としては全体、全学科で進めるのが一つの方針です。卒業認定要件、つまり、卒業するにあたって身につけておくべきスキルとしてAIやビジネスが入っています。全校的に進めていく中で、情報系に強い電子情報工学科と電気制御システム工学科が牽引して、国際ビジネス学科や商船学科などの情報系が少し弱い学科の困りごとや状況を共有して、全学科的に進めましょうというのが一つです。
そうは言っても尖った層も輩出しないといけないので、まだ先の話ですけど、AIトップ人材育成プログラムとして、彼のようにAIの研究室に行ったり、様々な専門分野でAIを核として活躍できるところに接続するプログラムを作る計画です。幅と尖った部分の両方を狙っていて、文科省の数理・データサイエンス・AI教育の認定制度である程度幅の部分は固められるので、尖った部分をどう構築していくかを考えています。
尖った部分でも、専攻科を出て大学院のAI専門のところに接続するには、情報系の学科だけではなくて、機械システム工学科や物質化学工学科の学生もAIを学ぶ、つまり主専攻があって、サブでAIのことを学んで大学院に接続したい。富山大学などとの連携でAI人材を育成するような、大学院でも通用するような人材を作っていけるように構想しているところです。
――富山大学との連携はいいですね。自治体や企業とかの連携は進んでいますか
石田:具体的なところで言うと、地元企業のDXを調査する「Ti-TEAM(ティーアイチーム)」とAI専門家を教師として招聘する「AI副業先生」を実施しています。「Ti-TEAM」は本科1学年全員による全学科混成チームでの活動で、技術振興会会員企業(293社)におけるDXの取り組みやデータの利活用状況を調査し、報告書を作成するもので、2023年度で5回目となります。
「AI副業先生」は、現場でAIを活用して働く民間人材を教師として採用し、社会変化やニーズに応えられる生きたAI技術を教えることが目的で、2023年度は4名を採用しました。やはり実際の自治体や地元の企業が抱えている問題を具体的に解決するところでの連携も推進していく必要があるかなと思います。
AIはどこまで社会を変えるか
――AIにどういう学習をさせるかにもよると思いますが、著作権に触れるようなことをしたり、悪さをすることも考えられます。AIがこれからどう変わっていくか、ビジネスが変わっていくのは当然としても、どういうふうに変わっていくかには不安を感じることがありますか
木村:例えばChatGPTに質問すればすぐに答えが返ってくるため、何も考えずに思考を放棄することが起きたりするかもしれません。結局は使用者の態度次第だと感じます。
――ChatGPTは使っていますか
木村:エラーを見つけてくれるのは結構早いので、プログラムを作ったりするときに使います。たまに違うことを言ったりもするけど、それでもヒントにはなるので、それを元にしていじったりできるのでそういう面では結構使っています。
――リテラシーもどんどん進んでいきますね
石田:生成AIの元になっている大規模言語モデルがどういう表現になっているか、正しくない答えを出力する確率があることを理解すれば、もっともらしい答えを出すだけなので、そこのところを高専生はリテラシーとして押さえておくべきだと思います。
奪われる仕事といえば、多分、教員の仕事もかなり危うい。OpenAIがチャットボットを簡単に作れるようなものを導入しましたよね。それを使って授業のスライドを組み込んで答えられるようにしたら、教員がいらなくなりかねません。つまらない授業や、教科書に書いてあることだけを取り上げるような授業は、教員としては見直さなければなりません。
中央教育審議会の答申「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン」では個別最適化が求められています。生成AIを活用すれば個別最適化が可能なので、教育も大きく変わる必要があります。
AIリテラシーが必須な社会になった
――AIの民主化ってよく言われていますが、そこについてはどうお考えですか
石田:うちの研究室はダイレクトにその恩恵を受けています。システム開発の経験のない学生が研究室に所属し、そこそこの精度の出るAIを稼働させています。だから、これまで以上に何がしたいかや、どのような問題を解決したいかなど、そういった側面にフォーカスされると思います。
木村:僕もまったくわからない状態から始めて、簡単にできてしまった経験が何度もあったので、難しいという印象で手をつけない人も多いかもしれません。しかし、試してみると、とりあえずできて、さらに発展させる可能性があると感じます。
――AIが進んでいる高専と、あまり進んでいないところがあると思うんですが、高専全体の底上げには何が必要ですか
石田:社会の流れの速さを教職員が知ることですね。そうするとAIって特別なものじゃないってわかってくると思いますし、AIがないと多分話にならない。
――少し前のパソコンみたいなもの、読み書きそろばんみたいなものですね
石田:得体の知れないものからポンって出てくるっていう怖さはあるかもしれない。日本企業の情報系の意識が少し高まってきたというデータもあるので、教育のほうにも波及されてくると思います。高専も変わらないと、社会が求める人材が供給できない。
専攻科の特別研究を大学院で継続することもできる
――DCONには今年も出られるのですか
木村:昨年は二次審査まででしたが、今年も一次審査は通過して、1月26日の締め切りに向けてプロトタイプを作成しているところです。
――修了前最後の大きなイベントですか
木村:特別研究も並行してあります。視覚刺激から人間の心的状態をコントロールできないかと考え、視覚刺激を与えた際の脳波や脈拍情報などの生体情報から、視覚刺激と心的状態の関連を結びつける研究を行っています。
――どういう視覚刺激ですか。生体情報は蓄積して何かに役立てるものですか
石田:VRのゴーグルに、脳波などの各種センサーを取り付けて、恐怖画像とか優しい画像、美しい画像で生体の反応がどう変わるかを確認するところからスタートしています。そのデータから何か違いが出たら、Aという心的状態の時に、違う画像を見せたらBに変わるかを確認します。次の段階では何かをコントロールしたい時に装着するデバイスを作っていくことになると思います。VRゴーグルで映像を見つつ、メンタルをコントロールしていく取り組みです。
――特別研究は大学院でも継続するのですか
木村:大学院でも自分のやりたい研究を行えるような研究室で、現在の研究室に似ていたため進学先に選びました。そこの先生も今の研究を引き継いでもいいし、新たにやってもいいという感じなので、やろうと思えばできます。
石田:専攻科を終えた後も連携してできたらいいかなと思います。
――木村さんは7年間高専に通ったことを、どのように思っていますか
木村:7年間を経て、さまざまな経験ができたことが非常に印象的です。低学年の時はテニス部に所属し、多くの大会に参加しました。3年生の時には「トビタテ!留学JAPAN」に選ばれて海外での経験を積むことができました。また、1年生の時にWROの世界大会に参加し、自分の興味をしっかり見つけ、4、5年生で研究を進め、自分は本当にAIを追求したいと感じ、大学院進学を決意しました。本当にやりたいことを追求できた7年間でした。
――現役の高専生や進学を考えている中学生にメッセージをお願いします
木村:自分のやりたいことが明確であればもちろん、そうでなくても何に興味があるか模索しているなら、高専に進学することをおすすめします。僕の場合は、本当にやりたいことを見つけることができ、追求できる環境がありました。
――高専の学生と先生の結びつきが近くて、親密度があってうらやましい。DCONと特別研究でお忙しいところありがとうございました
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