全国高専K-DASHシンポジウム2023~ソーシャルドクターを目指す高専のAI教育には何が必要か~【後編】

全国高専K-DASHシンポジウム2023~ソーシャルドクターを目指す高専のAI教育には何が必要か~【後編】

K-DASH(高専発!「Society 5.0型未来技術人財」育成事業 COMPASS5.0 AI・数理データサイエンス分野)は2023年3月25日、26日に、高専の教職員を対象にAI人材育成のためのイベント「全国高専K-DASHシンポジウム2023」を開催しました。教職員自らが主体的に外部と連携し、最新の情報を学び続けようとするマインドを醸成するきっかけを作ることを目的とするFD研修会です。

2日目となる3月26日には基調講演「AI社会実装の現状と高専教育への期待」、パネルディスカッション「高専のAI教育を進化させる」と、ワークショップ「具現化するための方策・プログラムの検討」が行われました。基調講演とパネルディスカッションについて報告します。

基調講演「AI社会実装の現状と高専教育への期待」
武蔵野大学 データサイエンス学部 データサイエンス学科長 准教授 
中西崇文 先生

データから「勘」や「コツ」を見いだす

武蔵野大学データサイエンス学部は2019年に創設され、データサイエンスを専門に扱う大学としては滋賀大学、横浜市立大学に次いで国内で3番目になります。私の研究テーマは、AIやデータサイエンスを通じて、ビッグデータ分析手法を用いてデータマイニングや感性情報処理を行うことです。

データサイエンスは、これまでの自然科学などとどう違うのでしょうか。例えば、オームの法則のように、人間の勘やコツから得たモデルを使って、データを検証するのが、これまでの科学でした。それに対して、データサイエンスではすでにあるデータから、統計手法や人工知能(AI)を使ってモデルを生成します。つまり、データから勘やコツを見いだすのです。

データサイエンスの例として、「流し」のタクシーの売り上げが高い人の特徴を読み取る研究を紹介します。関東一円の地図に、乗車区間をマッピングしてみると、成田空港や羽田空港に向かうタクシーの売り上げは少ないことがわかりました。そこで1日の乗車回数と1回の乗車賃を、1日当たりの稼ぎとの相関図にすると、乗車回数と稼ぎは正の相関、乗車賃と稼ぎは負の相関になりました。「流し」のタクシーが稼ぎを多くするには、長距離客は不利で、1日の乗車回数を多くすべきだという公式が導き出されます。

ChatGPTの衝撃と汎用人工知能(AGI)の始まり

ChatGPTの驚異について話す前に、近年の機械学習(AI)の歴史を振り返ってみましょう。第3次AIブームは2000年代から始まり、画像認識からスタートし、2010年代にはアルゴリズムを音声や言語に応用されました。2016年の「東ロボくんの挑戦」では、自然言語処理技術を使って東大合格を目指しましたが、当時は無理だと判断されました。その後、自然言語処理や機械翻訳が進化し、2018年にはBERT(自然言語処理モデル)が発表されました。

これまでの機械学習は特化型人工知能でしたが、自然言語処理の急速な進展により、汎用型人工知能(AGI)の実現が見えてきました。人間の抽象的な思考は言語を通じて行われます。言語は様々な感覚を結ぶ媒体であり、マルチモーダルな世界を創り出すブレイクスルーとなります。実際、GPT-4はマルチモーダルであり、テキストだけでなく画像データなども利用します。特化型から汎用型の人工知能は以前は夢でしたが、それが現実のものになりつつあります。

ChatGPTの素晴らしい点は「Grokking」です。一般的に、機械学習モデルはパラメータ数(次元数)を増やしすぎると、学習データに対するOverfitting(過学習)が起こり、未知データに対する予測精度が悪化すると言われていました。しかし、2022年の論文で、「機械学習モデルが学習したデータを解釈し、モデルがどのように予測を行っているかを理解することによって、過学習しなくなって逆に予測精度が向上する」と報告されました。GPTシリーズやPaLMなどのLLMは、高い未知のデータに対する予測性能を示すことで、Grokkingの有用性を示しています。

説明できるAIの価値

自然科学では物理的な法則やメカニズムを理解するために統計や数式が用いられます。一方、機械学習は予測精度と汎化性能を重視し、従来の自然科学とは異なるアプローチでモデルを生成します。そのため、理論的解釈や検証が難しい場合があります。

こうした機械学習で得られたモデルを自然科学的に理解するための枠組みが求められます。自然科学はデータの背後にあるメカニズムを理解してきましたが、機械学習はそれを放棄しがちです。しかし、放棄し続けると、機械学習の内容について理解ができなくなるため、説明可能なAI(XAI)が不可欠です。

実際、G20の「人間中心のAI社会原則」では、公平性、説明責任、透明性が重要視されています。私はInterpretable Smart Computingを提案しています。入力から結果が得られる演算子の逆を求める逆演算子を作成すれば、通常、説明可能なAIが実現できます。演算子は非線形であり、逆演算子も非線形だと人間には説明が難しいです。そのため、非線形な演算子を局所的にでも線形な演算で表現する必要があります。

LIMによる画像分類の例では、画像(a)の分類結果として、「エレキギター」「アコースティックギター」「ラブラトールレトリーバー」が挙げられています。エレキギターと判断した根拠はギターのネック部分で、エレキギターとアコースティックギターを区別するのは難しいため、間違った結果が出ていますが、うまく学習できています。

M. T. Ribeiro, S. Singh, C. Guestrin, ” Why should I trust you?” Explaining the predictions of anyclassifier. In Proceedings of the 22nd ACM SIGKDD international conference on knowledgediscovery and data mining , pp. 1135-1144, 2016.

次はハスキーをウルフとして分類した例ですが、ハスキーとウルフが似ているからと思いきや、雪を見てウルフと判断しています。顔の特徴を根拠に推論すべきところを、背景画像をもとに分析してしまっていて、あまりうまく学習できていません。このような非線形な要素を局所的にでも線形に変換し、説明を行う研究が非常に重要だと考えます。

基礎力、実装力、展開力を連携した学修

AI教育には基礎力、実装力、展開力が不可欠です。これらは単独で進めるのではなく、連動して取り組むことが大切です。基礎力は論理的思考力や数理知識を差し、実装力はプログラミングスキルです。そして、展開力はこれらを活かして社会の課題を解決する能力です。

従来の科学分野では、知識の習得を基礎力とし、それを活かす実装力が重視されてきました。しかし、データサイエンスではプログラミングが鍵です。自らの社会におけるプログラムを見つけ出し、それを実装力と基礎力で遂行することが求められます。

データサイエンスにおいては数式はツールであり、それをどのように活用するかがポイントになります。数学の概念を理解するだけでなく、実装し、使いこなすスキルが求められます。

武蔵野大学データサイエンス学部データサイエンス学科の「データと数理I」では、Pythonを用いて実装しながら概念を理解していきます。ベクトルの基礎から始まり、ノルム・距離・内積など、さまざまな概念を実際に操作します。線形写像や線形変換、アフィン変換なども含め、学生は使い方を理解しながら展開できるようサポートされます。

「ウォーターフォール型教育」から「アジャイル型教育」へ

武蔵野大学の同学科のアジャイル型学修は、能動的協調学習、プロジェクト型学修、インターンシップの3つに焦点を当てます。MUDSメソッドでは、グループワークを通じて知識やスキルを展開します。具体的には、インターンシップを通じて実践力を養い、早い段階からゼミを行い、基礎力を固めます。

学習者中心の協調学習を基盤に、グループワークを通じて知識やスキルを磨きます。イトーキ先端技術研究所でのインターンシップでは、グループワーク自体を分析する研究も行います。「未来創造プロジェクト」では、企業との共同研究を通じて、学んだスキルや知識を実社会の課題に活用する実践を重視しています。

例えば、「作者推定とその根拠を求める研究」では、和歌の作者を推定するシステムを開発します。XAIの技術を利用して、なぜ柿本人麻呂と認識されたのかを明らかにします。「切り抜き動画の再生数推定とその要因を導出する研究」では、動画投稿サービスのサムネイル内テキストデータを対象に、SHAPを用いて再生数に寄与する重要単語を抽出します。これにより、特定の言葉が再生数に与える影響を解析します。

これらの研究成果を1年生や2年生の頃から国際会議や学会で積極的に発表し、多くの賞を受賞しています。さらに、外部コンテストやアイデアソンにも参加し、成果を外部に発信しています。このようなアウトプットが大事です。

データサイエンスの分野では、「ウォーターフォール型教育」ではなく、1年生からそれぞれのレベルに合わせた知識やスキルの取得と実践を行う「アジャイル型教育」が極めて重要になります。

パネルディスカッション

「高専のAI教育を進化させる」

  武蔵野大学 中西崇文 先生
  Moonshot 菅原健一 氏
  ベンチャー支援家 伊達貴徳 氏

アジャイル型教育で実装力・展開力のある人材を育てる

――中西先生の基調講演の感想を一言ずつお願いします。

伊達:アジャイル型教育を取り入れている点が興味深いです。大学3年生の後期からの研究ではできることが限られているため、例えば国際会議に参加することも稀です。私自身、大学院に進学してから本格的に研究へ打ち込むことができ、研究を通じアウトプットすることに時間を費やせたことは、有意義な経験でした。学部1年生の段階から対外的に成果を出し、フィードバックを得られる機会を設けることは非常に重要であると考えます。

菅原:Grokkingの話はすごく面白いです。計算量をある程度まで上げても出力は変わらないと以前は言われていましたが、もっと振り切って上げてみたらだいぶ異なる答えが得られました。どれくらい多様性を認めるかっていう点にも考えさせられます。

中西:プログラミングは基礎の学びが半分でも形にはできるし、その上で不十分な部分を学べばいいと思います。理系の大学では1年生に数学の授業がありますが、それを2年生にもっていきました。1年生の段階で研究を1度するので、2年生のときには学ばなければならないことがわかってきます。そういう逆転的なカリキュラムを採用しています。

大企業に就職したら安泰ではなく、目的をもって学び続けるべき

――世の中の就職に関するトレンドはどう変化していると思いますか?

菅原:昔は汎用的な技能を身につけて、大企業に就職して定年まで勤めることが成功とされていましたが、今は自立した目的意識を持つことが成功につながるようになりました。技能を教えるだけだと使い捨てられる人材になってしまいます。

プログラミング言語はだいたい5年ごとに変化するため、5年以上かけて大規模なシステムを開発しても、完成時点で時代遅れになってしまうことがあります。シリコンバレーの友人を見ていると、ちゃんと仕事を終わらせて帰って、新しい言語を習得する時間があって給料も高い。高専のタイミングで目的志向まで持っていけると、教育は成功だと言えるでしょう。

伊達:大企業に就職したら安泰ではなく、そこからどのように学び続けるか、何ができるか、何がやりたいかを考え続けることが重要と考えます。以前、現役の大学生にどこへ就職したいか伺った際、日系大企業への就職は考えになく、起業するかスタートアップに行くか、海外の企業へ行きたいという回答でした。彼らの両親は大企業が安泰と考えるかもしれないですが、現在の学生はそうでもないようです。上の世代もこれまでと世の中のトレンドが違うことを理解いただいた方がいいかもしれないです。

中西:ある意味、教えたら負けかもしれません。私たちが教えていることは、高専を卒業した後で役に立つかどうかです。実際の現場では学びながらアウトプットしていきます。メタ的になりますが、その方法を習得することが大事です。武蔵野大学のグループワークでは、私は教えないようにしています。自分たちで調べて、私たちが知らないことも発表してくれます。

菅原:本来ならば何を作りたいか、どうなりたいかであり、それが教育の目的です。教育を受けてから何をやりたいか、どうなりたいかが生まれるのではありません。高専に入学した段階で、将来の目標や作りたいものを尋ねてあげると、それに基づいて指導することができます。AIの専門家や起業家、社会に貢献する人材を育てるには、目的を持つことだと考えます。

目的がないと人生詰む

――目的意識をもっていない、あるいは何になりたいかまだ決めていない学生のためになにをすれば、自分の道を突き進めるようになると思いますか。

菅原:極論を言うと、目的がない子は無視でいい。目的があると結果が全然違うことをわからせることも重要で、パフォーマンスが全然違う事実に驚いて、何かをしなければと気になると思います。目的がある人、やる気がある人にちゃんと接するのが平等で、ない人にまで手厚くやってあげる必要はない。「目的がないと人生詰む」と学ぶことさえいい勉強だと思うので、それはそれでいいのではないかと思います。

伊達:モチベーションの低い学生に対し必要以上に手厚い対応を行うと、学力底上げの金太郎飴みたいな教育になってしまうため、トップを伸ばすことを意識した教育がいいのではと考えます。そうすると、一段上の世界が見えて、結果全体の気づきにもなると考えられます。

他の観点として、外部の方、例えば起業家や先輩社会人などと出会うことで、ロールモデルが見つかることがあります。学生同士だけでは視野が狭いままとなるため、できるだけ早い時期に交流する経験を積むと良いと考えます。

中西:そうですね、外部の人、刺激的な人に会う機会を作ることは貴重な体験になりますね。教育って閉じてしまいがちなのですが、そこだけは開いてあげるのが大事だと思います。

質疑応答

失敗を怖がってチャレンジしないままでは成長しない

質問1:モチベーションがなくても、最低限のことで単位を出すべきでしょうか? 本人が自分の実力に自覚がある場合、これが学校の方針として許容されるのでしょうか。

菅原:一定の技能は教えなければいけませんが、技能さえクリアすれば、単位を出してもいいのではないでしょうか。目的のある人の学び方やアウトプットと、目的がない人のそれとが全然違うことさえ知ること自体に意味があると思います。

プログラミングを学んで良かったと思うのは、コンピューターが少しの間違いでもエラーを返し、それまでにかかった時間が無駄になることです。人間はここまで話せば理解してくれるだろうと勝手に思いがちですが、コンピューターは非情で、自分からの努力がなければ良い結果は得られません。僕はこれを若いうちに学んで良かったと思います。ChatGPTも適切な指示を与えないと良い結果は得られません。人間関係も同じで、自分の言いたいことを言わなければ結果は変わりません。この意味で、早い段階でプログラミングを学ばせることは良いことだと思います。

質問2:プログラミングの授業で、10年前に比べて「先生、これでいいですか?」という質問が格段に増えました。カリキュラムを変えることで、できる学生は新しいことを学ぶ楽しさを感じていますが、できない学生は理解できないことに対する不平不満が非常に増えています。順番を変えて教えることで、こうした状況は起きていないのでしょうか。

中西:科学のやり方は、定義が成り立った上で進めていくことですが、今の世の中はまだ解明されていないことが多いので、わからない部分は随時取り入れて学んでいくということをまず学生に伝えています。

菅原:企業でも先輩が教えてくれないから悪いと思う新人が大半で、そのマインドが切り替わったタイミングで成長します。そのタイミングが5年になると企業にとっては大きな損失で、ずっと文句ばかり言っていて全然成長しません。自分で目的を決めて取りに行くというマインドセットをしないと、教えてくれないから悪いと言ってしまいます。

中西:みんな失敗を怖がっているようですね。今はスモールスタートで、ちょっと失敗しながら、それを直しながら挑戦していくのに、アジャイルな感覚には全然なっていません。

伊達:小中学校の教育は失敗を避けるための授業が多いと考えます。教科書に載っていないことを教えづらい雰囲気で、石橋を叩くような教育である印象です。しかし、大人になるとチャレンジして失敗を経験した人の方が圧倒的に価値はあります。チャレンジしてこなかった人は社会に出ても受け身となりやすい傾向にあるため、高専にいる間にたくさんチャレンジし、ときには失敗してほしいです。10個チャレンジして1個成功したらいいというくらいの気概で、がんばってほしいと思います。その際、自分で考え抜いてチャレンジすることに意義があると考えます。

質問3:学校生活で特に印象に残っていることはありますか。学生にとって卒業後50年くらいの人生を考えると、学校が何か残してあげることできるのか、その可能性をお伺いしたいです。

菅原:僕がラッキーだったのはプロコンに参加したことです。材料工学科は基本的にプログラミングを学ぶ必要はありませんでしたが、授業で先生に「ゲームばっかりしてないで、作れば」と言われてチャレンジしました。そういう先生との出会いはいまだに印象に残っています。また、あの膨大な時間に何かに打ち込むことができたのはすごく良かったです。起業は社会人になってからよりも学生時代にトライアンドエラーをたくさん経験して、優れたアイデアを起業したほうが良いと思います。だから 膨大な暇な時間も結構重要なことですよね。

伊達:私は高専出身ではないため、大学で良かった点をお伝えすると、まず1点目として、図書館に最先端の雑誌や論文があったことと自習スペースがあった点で、ほぼ毎日利用していました。2つ目の点として様々な学会に参加できた点です。国際会議で海外を訪れた際、海外の学生の志が高く、研究にかける熱量が高かったことが印象的で、非常に刺激を受けました。

中西:学会でも何でも外部の人と交流する機会を作ってもらえるとモチベーションになると思います。

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