社会の変化に対応できる、柔軟な心、知識欲を養いたい【前編】

社会の変化に対応できる、柔軟な心、知識欲を養いたい【前編】

対談:TALK TO TALK

徳山高専
勇秀憲校長
天内和人副校長

地域との強い絆をもつ徳山高専は、特に「異文化対応力」と「倫理的判断力」をもった技術者を育てるために、能力の可視化を進め、社会の変化に対応できるキャリア教育に取り組んでいます。専門に偏らず、広範な知識が求められる中で、資質・能力の可視化を進め、幅広く吸収する気持ちを養うことで、社会の変化に対応し、地域企業のグローバル化を支える人材が生まれています。

── 徳山高専の特徴を教えてください

勇:徳山高専は、本科(5年制)に機械電気工学科、情報電子工学科、土木建築工学科の3つの複合学科、その上に2年制の専攻科があって、専攻科修了なら大卒と同じ年齢で、6つの工学専門分野の学位に対応しています。学生1人当たりの教員数が他の高専に比べて多いことと、入試の倍率が高いことも特色になると思います。

2016年から4年間、文部科学省「大学教育再生加速プログラム(AP):テーマV」に高専で唯一採択され、卒業時にどんな知識・スキルや能力が修得できたのかを、卒業・修了認定の基本方針(ディプロマ・ポリシー)として定め、学修成果資料(ディプロマ・サプリメント)として可視化する高専教育の質保証の強化に取り組んできました。

──具体的にはどのような知識・スキル・能力なのでしょうか

勇:学生が卒業時に修得すべき知識・スキルや能力としては、①基本的能力、②専門的能力、③汎用的技能、④態度・志向性(人間力)、⑤創造的思考力、⑥異文化対応力、⑦倫理的判断力の7つを定めました。これらを「ディプロマ・サプリメント」として見える化し、在学中と卒業時における高専教育と社会がつながる仕組みを構築しています。

これらの①~⑦の能力のうち、①~ ⑤は国立高専共通でモデルコアカリキュラムに対応しており、⑥と⑦は各高専の特色を表せるように設定でき、国立高専のモデルとなるように決定しました。徳山高専の特色として、地域企業に密着しながら、高い倫理観を持ったグローバルエンジニアを育成しようとしています。

──どうやって「学びの質保証」を見える化するのですか

勇:学生一人ひとりに対して、自分の伸びているところ、不足しているところ、5年間あるいは7年間をどういうふうに見せていくのか。点数で見せるのか、グラフにするのか。高専機構の学生ポートフォリオと連携して出していくために最後の仕上げをしています。

天内:レーダーチャートで能力を可視化することで、学生たちが自分を知ることができます。卒業後、将来身につけるべきスキルを、それぞれの学生に必要なトレーニングなどとして表現することにより、卒業後のキャリアにおける自己研鑽を促すものです。

勇:レーダーチャートで凹んでいるところはまだまだ伸びる余地がある、とんがっているところはますます伸ばしてほしいという見せ方ができるものを作りたいと思っています。ついつい凹みを見たがるし、とんがっている部分は平均化したくなります。

しかし、平均や隣の子と比べることは、本質的にはあまり意味がありません。自分に足りないこと、秀でているところを知ってもらい、足らない部分はどうすればいいか、われわれが相談に乗り、学生と一緒に考え、手助けをするということです。根本的なことは、教師が何を教えたかではなく、学生が何をどこまで学んだかです。

天内:小学校から高校までの学修を「ポートフォリオ」でつなぎ、それを大学に接続する取り組みが始まりました。その高専版をモデルとして作りました。将来にわたって個々の学生の資質や能力は、彼ら自身が見られるようにしていかないといけないと考えています。

学校は20歳、22歳で終わりですが、その後、40年、50年働く人生が待っています。学校のときはここまでを身につけた、ここはまだ伸び切れていない、その振り返り(リフレクション)のツールを提供するということです。

──「異文化対応力」と「倫理的判断力」をどう捉えていますか

天内:この2項目はグローバル化への対応です。地球市民として必要な力です。例えば、技術者としてマイクロプラスチックをどう避けるかという地球市民としての意識が身についた学生を育てたいと思っています。

勇:山口県内3高専が合同で、地域企業813社に「高専はどうあるべきか」をアンケートしたところ、国際社会を舞台に活躍できる人材、化学・化学工学の知識修得、コミュニケーション能力(英語力を含む)が挙げられました。「倫理的判断力」は、コンプライアンス、ガバナンスも含めて学生が実践から幅広く学んでいく、そういうレベルまで達してほしい。

そこで、AP事業を申請するとき、安全・安心を志向したカリキュラム、到達目標を目指そうと考えました。もちろんその中にグローバル化への対応が入っています。国立高専のモデルとなるように、高専の代表のつもりで取り組んでいます。

──「安全・安心のカリキュラム」とはどのようなものですか

勇:「技術者としての高い倫理観を涵養する教育を基調として、専門的な技術と高度なリテラシー能力とを併せもった技術者を養成すること」を目的とし、”安全・安心志向型”の新しい複合融合教育コアカリキュラム(TCC:徳山高専コアカリキュラム)を構築することです。

──記念すべき第1回「近未来KOSEN」を徳山で開催しました

勇:2018年8月に開催したときは、高専生がキャリアをどう成長させていくか、それに伴って徳山高専はどうあるべきか、学生たちはどうしていったらいいのか、その中でわれわれはどう対応するのかが中心でした。学生と一緒に学校の仕組みも含めて変えていこう、考えていこうということで、2019年にも学生に対するアンケートを実施して、そこからさらにいろんな意見を抽出し、かつ学生にも学校側の対応を掲示などで周知しています。

さらに学生には、学校側の対応に対してどう思うかも聞いています。学生がテーマを絞って対話する小さな会を設けていくことになり、2019年12月に1回目を開催しました。まずは「学校行事」が学生の大きなテーマでもあり、体育祭をやりたいらしいですが、ではどうしたらいいのかという話になって、次回を期待しています。

天内:対話を進めていく中で、将来の仕事について真剣に考え始めた学生は増えたと感じました。高専は就職率がいいのですが、高専のキャリア教育は就職斡旋教育になっているのではと危惧しています。求職倍率が高く就職先を好きなように選べますが、人生を歩んでいくときに役に立つのは、自分で切り開いていく力、追求していく力です。それがないとだめだということを、少しは気がついてくれたかなと感じています。

── キャリア実現をサポートする仕組みはありますか?

勇:学生から何か勉強したいテーマを募る、あるいは先生が提供できるテーマがあるとします。例えばAIの勉強がしたい、データサイエンスの勉強がしたい、人文系でいうと寺田寅彦を知りたいとか。そうしたテーマ、目標を出して、学生が自由に選びながら授業を受ける仕組みはできてきました。ただ、今はどちらかというとこちらが準備したものを選択する形になっています。

こういう能力を得たければ、これとこれを組み合わせるというような大学の履修モデルのようなものを提供したいと考えています。しかし、まだ試行錯誤している段階です。そこに化学系のレベルの高い授業も入れたらどうかと考えています。

地域企業に対するアンケートで、周辺のコンビナートから化学系の知識がもう少し欲しいという回答がありました。一般化学よりももう少し踏み込んだ、化学工学や石油化学などの分野の知識が卒業生にあれば、こうした企業では、より幅広い部署に配属できるようです。そのために、該当科目を用意すればいいだけでもないし、どういう意図で学生がどう履修するのかということが重要です。

【後編】につづく

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