AI×データサイエンスで加速する高専生(2)音で森を見える化、世界も狙える新しいチャレンジ

AI×データサイエンスで加速する高専生(2)
音で森を見える化、世界も狙える新しいチャレンジ

高専機構のAI・数理データサイエンス分野の人材育成を担う「K-DASH」では、『AIとデータでスペシャリストへ加速する高専生』を全国高専で育成すべき人材像として、リテラシーから、専門レベル、さらに研究者や起業家として活躍するトップレベルの人材までを輩出しています。

音解析技術を用いて地域課題の解決に取り組む道上竣介さんは、佐世保高専専攻科在学中にJDLA(一般社団法人日本ディープラーニング協会)の支援を受けて起業しました。高専時代に学んだこと、起業のきっかけと現在の研究内容、高専教育への期待などを伺いました。

「高専が地域を変える。」がコンセプトのWiCON入賞が起業のきっかけ出し

――高専在学中に起業されたきっかけを教えてください。

道上:中学生のころから家具やロボットを作るのが好きで、高専に入ってからは「好きな」だけじゃなくて技術も少しずつ身についてきました。高専ではいろいろなコンテストに参加しましたが、5年生の時に亀山電機主催の「学生ものづくりアイデアコンテスト」で優勝したのが、最初のステップかなと思っています。

さらに専攻科1年で、総務省主催の「高専ワイヤレスIoTコンテスト(WiCON)2020」で総務大臣賞を受賞したことも、起業へのモチベーションになりました。起業したテーマも、もともとはWiCONから始まっています。WiCONはワイヤレス技術により地域が抱える技術的課題を解決するために、全国の高専生からアイデアを公募し、提案が採択されると、サポーター企業からの専門的なアドバイスを踏まえ技術実証が実施されます。

長崎県(対馬)の養蜂業で問題となっている外来種のハチの問題を高専の技術で解決できないかと考え、「音で森を見える化―羽音センシングによる害虫防除-」を提案しました。審査を通過して技術実証費用300万円が支給されたので、ゼロベースの状態から、やりたいという気持ちと責任感からコツコツと研究を行って、「HOR-net(ホーネット)」という虫の羽音(飛行音)を集音するセンサーデバイスとゲートウェイデバイスと、それを表示するアプリケーションを作って、成果報告を行いました。

WiCONの実証が終了した段階で大学院入試があって、研究が半年以上ストップしてしまいました。進学した東工大ではプラズマ研究をやっていますが、どうにか音の研究を続ける方法はないかなと考え、「高専ディープラーニングコンテスト2022(DCON2022)」への参加と、起業という道に進みました。

音で外来種のハチを見える化、地域の養蜂業を守りたい

――指導教員の猪原武士先生はプラズマの研究者ですよね。

道上:そうです。専攻科では猪原先生のプラズマ・パルスパワーの研究室に入りました。他の高専では授業内でビジネスやコンテスト向けの取り組みがあるところが多いのですが、佐世保高専はそういう取り組みがあまりなかったので、猪原先生が研究室を提供してくれてWiCONにも出られました。

――猪原先生も道上さんもプラズマの研究をしているのに、音に特化したのは何か理由があるのでしょうか。

道上:最初はトレイルカメラ(動いているものを検出すると自動で撮影するカメラ)を使おうかと考えましたが、対象がハチだったことから、センサーが反応したとしてもカメラには映らない。どうやって解析しようかなと、猪原先生とずっとディスカッションして思いついたのがハチの羽音です。デバイス単価が安いので多く設置できますし、カメラと音は競合になるものではなくて、対象によって切り替えたり一緒に使ったり多くの可能性を秘めていると考えています。

――コスト的には音は映像や画像より安いですか。

道上:特に通信費用が安くすみます。ハチに関して森全体の把握をしようと思うと、数百台とかのレベルになるので、やはり通信費が一番問題になってきます。そういう意味では音声はすごく画期的なものです。

――高専生の特徴の一つは、社会課題の解決や社会実装にチャレンジすることだと思っていますが、ハチを何とかしたいってところから始まっています。

道上:ハチの音解析はビジネス的には難しい分野なのですが、地元の学生が地元の技術を使って地元の課題を解決できればと思います。最終的にはこの課題が解決するため、他の企業とも一緒に技術革新ができればいいと思っています。

プラズマと音の研究を並行して、ビジネスにも乗り出す

――現在は東工大の大学院に入られていますが、普通高校から大学を出て入ってくる方と比べて、高専出身者はどんな特徴がありますか。

道上:高専生は向上心が強いと思います。ものづくりをしたい人が集まっているので、自分もものづくりしたくなるし、そういう場はすごくいいなと思います。ものを触る機会が多くて実践的なところはやはり高専生らしいと思っています。ただ、座学の回数が圧倒的に少ないので、勉強の面で言えば東工大の皆さんは頭がいいなと感じるばかりです。それでもやっぱり行動しようという点では高専生は強いと思います。

――東工大を選んだ理由は?

道上:もともとのプラズマ関係の研究を続けたかったのが主な理由です。自分は欲張りなんですよ。プラズマもしたいし音もしたいしビジネスもしたい。ただプラズマは個人では難しいので大学院で、ビジネスは課外の部分で、その中で音も研究すればいいと思いました。

――専攻科2年で「DCON2022」にエントリーして、3月には起業して、院生となった4月の本選で結果を出したわけですね。

道上:「DCON2022」ではディープラーニングを組み込んだオンサイトでの生物音および環境音などの解析を行い、LPWAを用いて解析結果を収集するシステム「OtoDeMiru(オトデミル)」を提案しました。結果は3位でしたが、1位から3位までが過去最高10億円の企業評価額を得ました。

――HOR-netとOtoDeMiruの違いは何ですか。

道上:HOR-netでは、森に設置したセンサーデバイスを通じて虫の羽音を集音し高速フーリエ変換を行い、虫固有の羽音を分類することで周囲を飛行する虫を特定します。このデータを広範囲で低容量通信が可能なLoRa-Netを通じてゲートウェイデバイスに送り、そこでデータを圧縮してクラウドに上げます。ハチの営巣場所を特定する目的なので、集音したすべての音ではなく、フィルタリング後のデータだけを上げています。

OtoDeMiruは、新たに開発したセンシングデバイスを使って、さまざまな音を集めて生物音や環境音などの解析をオンサイトで行い、解析結果をLoRaゲートウェイに送り、データ収集用LoRaネットワークを使ってクラウドで処理するものです。イノシシやシカなどいろいろな動物の音を解析できるように、今工夫しているところです。

世界シェアも狙える音景解析の力

――ビジネスの現状についても教えてください。

道上:「生活のすべてを支える音のインフラになること」をビジョンにwavelogy株式会社を2022年3月に設立しました。業務委託でエンジニアを入れて、今4人くらいで活動しています。

音景解析というのは、人間が音から風景を想像できるように、AI でも十分認識できるだろうというところから私の研究は始まっています。音はデータ量が少ないために処理量も少なくできて、マイクなどの構成素子が安いのが大きな特徴です。

元々は長崎県の対馬に外来種のツマアカスズメバチが入ってきて、伝統的なニホンミツバチの養蜂が脅かされているという問題を解決するために研究を始めました。最終的にはツマアカスズメバチの絶滅と新規定着抑制を目指しています。

ハチは巣から約500mが行動半径なので、複数のセンサーデバイスの解析結果を統計的に測定することで営巣場所を特定できます。現状では被害者からの通報で調査して、年間40件ほど駆除していますが、HOR-netの営巣マップによって、駆除数を2倍、年間80件にすることを目標としています。また、現状では駆除の効果が不明ですが、営巣マップによってハチの減少度を把握できるようになります。人海戦術による巣の大規模調査には1エリアだけで年間800万円、対馬市全体だともっと必要になりますが、HOR-netによって年間400万円削減できる見込みです。ツマアカスズメバチは長崎だけの問題ではなく、東アジアからヨーロッパまで広がっていて、被害面積は世界的には日本の千倍以上です。十分な対策はなく、HOR-netがシェアを取れると思っています。

また他にも問い合わせがあって、野犬やオオタカなどの希少猛禽類、ネコギギ(絶滅危惧種の魚)、イノシシ、シカなどの場所を把握できないかとかというお話をいただいています。

ただ、解析の対象となる音のデータセットがないことが難しいところで、データ収集を効率化するためのオーディオストリーミングデバイスやデータアノテーション用のプラットフォームなどを開発しています。

――今後どういう方向に進めていきたいか、研究成果をどう具体的にビジネスに落とし込んでいきたいとお考えですか。

道上:問題が解決できれば解決する人は自分じゃなくてもいいので、できるだけオープンにしたいなと思っています。自分が今は先駆けていますけども、もっといいことを思いついた人がもっと簡単にできるようになる環境を作りたいと思っています。

高専だからこその自由な環境でやりたいことをやってほしい

――高専を選ばないで普通高校から大学進学していたら、こういうところにはたどり着かなかったですかね。

道上:そうですね。したいことができる環境は高専だからこそだと思っています。普通校に行ってもしたいと思うんでしょうけれども、それこそもともと好きだった家具製作で終わっていて、ディープラーニングまではたどり着かなかったかな、とそんなふうに思います。

――AI・数理データサイエンス分野の人材育成に高専でも力を入れていますが、そういう人材をどうやって育成するといいと思いますか。

道上:高専生って結構自由で興味があるほうに動くので、きっかけを作ってあげればいい。初歩の初歩だけでも授業内にあればいいと思います。全部を教える必要はなくて、イメージとしてはゼロに10倍かけてもゼロだけど、1に10倍かけると10になるので、1だけ教えてくれればいい。

――現役の高専生や進学を考えている中学生に、アドバイスやメッセージをお願いします。

道上:やりたいことをやるのがいい。自分がやりたければやらせてくれるのが高専なので、やりたい分野があれば突き進めばいい。やりたいことに全力を尽くせばいいと思っています。

Society5.0を支える AI・数理データサイエンス人材育成を担うK-DASH
https://k-dash.nc-toyama.ac.jp/

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